いじめをなくすには
最近、いじめというか、子供たちによる完全な暴行、傷害のような事件が多く、本当に暗い気持ちにさせられる。福岡では先生のいじめで生徒が死んだというのだから、世も末である。だが、こういう者をつるしあげにしても効果は上がらないように思う。
こういう事件をなくすためにどうしたらいいか。私は「知っていて放置した罪」をもっと厳罰に処すべきと思う。飲酒運転でも最近では、知っていて止めなかった者が裁かれるにようになった。これは、いじめにも有効ではないだろうか。
子供たちはまるで人ごとのように、モザイクで顔を隠され、声のトーンを変えられて、「ひどい暴力だった」などと言っているが、私は子供たちに「なぜあなた方は止めようとしなかったのか」と問いたい。黙っていたならあなたも加担者である。
お恥ずかしい話だが、うちの会社でもいじめが現在進行形である。それも私の左斜め後ろでいつも新人がいびられている。このいじめている上司は某局(みなさんご存じ、最も陰湿な国営放送です)出身のディレクターなのだが、自分も新人の頃ずいぶんいじめられた。私は気が強いので、それほどエスカレートすることもなく、今は互いに無視しあう関係である。どうも心が弱そうな人間を選んでターゲットにしているようだ。
いじめ方というのは、何度も何度もくだらない直しを強要して徹夜をさせる、言葉尻をとらえてネチネチと追い込む、「頭がおかしい」とか「今まで見た中で最低レベル」と罵倒するなど、様々な手口がある。何せすぐ後ろでやってるから筒抜けだ。マジ気分が悪い。一度はナレーションの読み方を、もっとCGアニメキャラ風にしろと何度もしつこくやり直しさせていた。恥ずかしい思いをさせて楽しんでいたのだろう。
だが、もし仮に新人が自殺したとしても、うちの会社のプロデューサーや社長を追求しても仕方がないような気がする。きっとマスコミが報道するとしたらそうなるだろう。だが現実に彼らが止められたとは思えない。現場にいないのだから。もし、彼が自殺した場合、責められるべきは、一番近くにいて何もしなかった自分なのではないかと思う。
とりあえず、新人にいじめられているという意識があるかどうか確認してから、これから彼と一緒に役員に配置換えを進言しにいくつもりだ。そして、その上司の悪行を仔細に報告する。彼には経費の横領疑惑もあるので、うまくすればそれでクビにできるのではないかと考えている。※改心してくれるのが一番いいのだが40近いオッサンが変わることはないだろうとも思う。
とにかく自分にできることをやるしかない。私は大学4年の時、近い友人が突然自殺してしまったことがあり、ものすごい後悔に襲われたことがある。私は学部にほとんど友人がいなかったのだが、彼も同じで、たまにつるんでたりしたのである。まあ、別にいじめはなかったけどね。
それから、責任逃れしか頭にない、学校や教員たちをどうすべきか。明らかにいじめの事実を知らなかったであろう校長などをつるしあげても仕方ない。どうもマスコミを見てると、責任逃れする学校側を追求する姿勢が多いが、奴らは本当の意味で教育者ではないのだから、そのアプローチは有効ではない。
どうすべきかというと、文部科学省に圧力をかけるのだ。毎年100人以上の自殺者(子供)がいるのに、文科省はいじめによる自殺は毎年ゼロだと発表し続けている。つるしあげるべきは文科省である。
いじめ内部告発ホットラインを文科省に引かせ、発覚した場合は、即校長、教頭、担任をクビにするという通達を出させればいいのである。そしてそのホットラインの存在をメディアが大々的に宣伝すればいいのだ。※本気でいじめをなくしたいと思ってるならね
ニセ教育者たちは、保身しか考えていないから、自分に累が及ぶ可能性が無ければ、いじめを放置し続ける。しかし、文科省から命令が下れば、すぐに従うはずである。ニセ教育者たちは、子供が大事なのではなく、自分が最も大事なのだから、何より有効なアプローチは上から圧力をかけるという方法だと考える。
いじめによる死は、その実行犯は当然ながら、周りにいて知りつつ何もしなかった人間にも大きな責任がある。職場や学校で、自分にできることをやろう。テレビ見て「ひどいね~」と言ってても何も解決しない。
追記:↓今度は校長のいじめで教師が自殺?
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20061017i203.htm?from=main2
この次は、生徒のいじめで校長が自殺か?もう何が何やら。
「ニュース」カテゴリの記事
- 殺人鬼の絶望的な孤独(2008.06.11)
- 憲法改正の前に(2007.05.15)
- 送り手側からの放送と通信の融合(2007.04.13)
- 未成年アイドルが喫煙でクビ(2007.03.27)
- 日興の上場維持とホリエモン有罪(2007.03.17)


Comments
「学校に行かない」こともいじめから逃れる方法の一つだと思います。
深刻なのは、地方は人間関係が濃密でプライバシーが無いに等しいということです。変わったことをすると「村八分」にされるのです。
この点において地方にしがらみの無い全国メディアの地方支局が活躍してほしいのですけどね。かつて山形新聞を通じた服部敬雄による支配が確立していた山形県では朝日新聞の支局が頑張っていたと言います。
Posted by: Piichan | October 17, 2006 at 11:05 PM
文科省がいじめ自殺者ゼロと発表していたのは責任問題になるのを恐れて学校が報告していなかったからだそうですよ。罰則を強めてもさらにいじめを隠すようになるのではないでしょうか?
あと個人的に思うのはいじめが起きた時の解決法が確立されてないことに問題があると思います。いじめが起きた時、当事者たちはどうすればいいのか分からないので後手後手に回り、結果最悪の事態になってしまうのではないでしょうか。具体的ないじめの解決法を確立することが今やらなければないことだと思います。
Posted by: ユウ | October 18, 2006 at 02:34 PM
いじめの問題は、私達社会が抱える問題の縮図だと思います。私達大人が日常的に他人を比較、差別、優越感、劣等感等によりいじめているんです。それを置いておいて、どうして子供はいじめるんだろう、だなんて、僕には笑い話にさえ聞こえてしまいます。益々病的になる競争社会で大人たちがお互いをいじめあっている。やれあいつは使えないだの、あいつは生理的に嫌だ、仕事ができないやつだ、頭がおかしいやつだ、キリがありませんが。これらは文部省だけの問題ではありません。本当に心のそこからいじめをなくしたいのであれば、それはその人自身が真にいじめのない心の状態を持つことが先決だと思います。そしてそれは必ずや伝播すると信じます。法整備などはもちろん必要であるが、こういった根本が理解されない限り不完全であり、単なる表層の改革は、よくあるように、さらにより一層の果てしない改革へと導いていくのです。
Posted by: ねお | October 18, 2006 at 06:18 PM
piichanさま
私は「学校に行かない」手を大いに推奨したいですね。尾瀬あきらの漫画で「光の島」という素晴らしい漫画がありますが、ぜひこの漫画を教育関係者に読んでほしい。嫌なら学校なんてやめてしまえばいい。会社もやめてしまえばいいんです(実際、僕もいじめのような目に遭い、会社を辞めました)。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4091863817/ref=pd_sim_b_3/249-2355302-9541907?ie=UTF8
ユウさま
それは私も報道で聞いて知っていますが、だから文科省には責任無いと言わんばかりで逆にはらわたが煮えくりかえりました。地方の教育委員会から上がってきた報告を鵜呑みにして、本気でいじめによる自殺者ゼロだと思ったのでしょうか?だとしたらもう救いがたい。こうしたデータを平然と公表する神経が信じられないのです。
私は性悪説に基づき、いじめを監視すべきと思います。そのためには、すぐに内部告発をできる体制を整えるべきです。もちろん、校長も教頭もクビというのは筆が滑っただけで、現実には相応の処分、情報公開となるでしょうが、いじめを放置しなくても、気軽に通報できる場を提供することは、今すぐにでもできるはずです。
ねおさま
私はある種、どうしようもない原罪なのだと思います。しかし、その発現を最小限にするシステム作りは可能ではないでしょうか。残念ながら、日本は匿名にしないとモノが言いにくい国です(私も匿名ブログですが)。しかし、ちょっと背中を押すだけで、匿名でも発言してくれる良心は、多くの人にあるものと信じています。知っていて放置するのは、同罪です
Posted by: hakohugu | October 18, 2006 at 06:39 PM
沖縄に米軍を全部押し付けて、本州は沖縄いじめをしています。
国がいじめをしているのだ、いじめがなくなるはずがないと思います。
Posted by: 包茎童貞ニート | October 18, 2006 at 11:34 PM
教師を信用しない事を前提にした制度を作るべきですね。
第三者に介入させるべきです。
体罰を封印され手足を縛られた教師は以前に比べ陰湿度が増しているでしょう。
その教師が担任をするクラスで陰湿なイジメが起きるのは必然です。
教師(学校)に解決させようとしても教師(学校)に解決する能力が無いのですから
隠匿体質が益々酷くなるだけです。解決できないなら隠すしかない。
Posted by: M | October 19, 2006 at 03:12 AM
>>私は「知っていて放置した罪」をもっと厳罰に処すべきと思う
学生を厳罰に処すべきとは、具体的にはどのような処罰でしょうか。
>>飲酒運転でも最近では、知っていて止めなかった者が裁かれるにようになった。これは、いじめにも有効ではないだろうか。
飲酒運転は客観的は判定基準が存在しますが、いじめの有無の判定は曖昧なものですよね。また、飲酒運転を知りながらとめなかった場合は路交通法違反(酒気帯び運転容認・同幇助)で処罰されます。が、あなたの理論なら、「知っていた」生徒が止めに入らない場合は、「いじめ容認・幇助」ですよね?しかし、力を持たない生徒がいじめを止めようとした場合、その生徒もいじめられる事が大いに考えられます。その立場にある生徒をも断罪するのは、あまりに酷ではないでしょうか。
>>私は子供たちに「なぜあなた方は止めようとしなかったのか」と問いたい。黙っていたならあなたも加担者である。
「保身」ということも許されないのでしょうか?この場合の「保身」は、大人の保身とは違い子供たちにとっては生きるか死ぬかの問題です。コメント欄で「私は「学校に行かない」手を大いに推奨したいですね。嫌なら学校なんてやめてしまえばいい。」と仰っていますが、いじめから逃げるための「学校に行かない」を推奨されるのであれば、いじめから逃げるための「関わらない」も同じではないのですか?黙っていれば加担者なら、止めに入ると被害者です。
Posted by: にゃー | October 19, 2006 at 03:29 AM
ハコフグマン様のブログには頷かされることが多いのですが、このエントリに関しては、少々異論があります。
昨今、教育に関しては様々なところで問題が指摘され、今の内閣も教育問題を最重要視していると言われます。
しかし、1990年代以降の朝令暮改的な教育改革により、現場の疲労はピークに達しているとも言われ、さらには給与の削減が打ち出されるなど、教員のモチベーションの低下も指摘されてします。
美化された都合のよい過去などではなく、一般的な教育社会史の観点から見れば、教員の能力の平均的な水準がここ数十年で大きく低下したということはありえないと考えられます。教育水準が落ちているとすれば、それは個々の能力というよりも、教育に割くための時間を奪っている諸制度のほうに要因が求められるべきでしょう。
ちなみに、教育がこれほどまでに問題化されるのは、教育者の側ではなく社会の側に要因があるように思います。親の高学歴化に伴う教員の権威の失墜、教育に対する要望の拡大などが挙げられるうえ、富裕層の子弟が私立学校に進学する傾向が高まってきたことから、公立の学校が「吹き溜まり」と化してきたことなどがその要因として挙げられると思います。
そこに追い討ちをかけるように、マスコミによるセンセーショナルな報道が、教育現場をさらに追い詰めるような形になっているわけです。
ハコフグマンさまがおっしゃるような「性悪説」に立った教育現場の監視や内部告発の奨励などは、教育現場をさらに疲弊させ、ひいては優秀な人材が教師になるのを止めるというところにまで及ぶでしょう。実際、そうした傾向は出てきているように思います。
無論、今回のケースなどで見られた学校組織の隠蔽体質は批判されるべきでしょうが、そこから拙速な制度改革などにつなげてしまうのは問題です。
教育とは、一種の権力作用の賜物なのであり、それが成立するためには社会の側が学校に信頼を寄せることが必要です。しかし、メディアはそうした信頼を奪うことのみに執心し、結果として教育現場の崩壊を加速させているのではないか…と愚考する次第です。
Posted by: Seu | October 23, 2006 at 02:10 PM
Seuさま
コメントありがとうございます。
私の友人の教員もうつ病で休職真っ最中です。最近の週刊誌でも学校を悩ますバカ親特集なんてのもありました。
しかし、いじめは昔から子供たちにとって死活問題で、いっこうに改善されてませんし、そばで見ているだけの子供が、リスクを負わずに身の回りのイジメをオープンにできる仕組みづくりがそれほど難しいとは思えません。
教師の問題と、子供のイジメの問題は別個に論ずべきではないでしょうか。
Posted by: hakohugu | October 23, 2006 at 03:56 PM