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第一線に立つ研究者からのメッセージ

 半導体の研究者と話をする機会があった。以下先生に聞いた話を記録しておく。
 産業のコメともいわれる半導体。その物性の研究において日本は世界のトップを走ってきた。しかし、こうした分野はあと10年もしないうちに、中国やインドに追い抜かされるだろうということだ。次第に国内では人気も無くなり、若い人材も集まらなくなってきた。だがこれはかつて日本がアメリカを追い越したのと同じ歴史的必然で、避けるのは難しいという。

 一生懸命作った芸術品ともいえる集積回路でもあっという間にコストが下がり、100円もしなくなってしまう。「賽の河原の石積み」ともいえるようなこの作業に進んで若者(ただでさえ少子化で希少価値の上がっている)が入ろうとするはずがない。しかも真面目に地道に生きても、こうした技術者が40代半ばになればリストラに遭うという過酷な現実も90年代後半に見てしまった。

 そして、この技術者軽視の風潮は、日本の伝統ともいえるお家芸だ。島津理化の田中耕一さんがノーベル賞をとったくらいでそうそう改められることはない。よって日本の若者はどんどん基礎工学分野から、金融工学などへ逃げ出していく。背後からは貧乏な一家の期待を一身に受け、農村部から出てくるハングリーな中国、インドの若者たちが疾走してくる。

 このような状況では、どんな分野でも+αの付加価値をつけることができなければ、あっという間にコスト競争にさらされて、人件費のみの勝負になってしまう。パソコンでいえば、デル式の手法は必ず行き詰まる。創造的イノベーションで勝負するアップル式にシフトしていかなければ、国としてサバイバルできない。頭では分かっていた話だが、改めて第一線の現場に立つ研究者に言われると深く納得させられるものがあった

 だが、これまで日本が積み上げてきた基礎科学のノウハウまでそう簡単に真似することはできない。セレンディピティという言葉も一時流行ったが、ブレークスルーというのは偶然生まれるものではない。最後には第六感のようなものが重要だが、そこに至るプロセスにおいては、これまでの研究の積み上げがもたらす膨大な知の集積が、必ず勝負を分けるという。半導体などの技術開発レベルは世間一般が思っているより、日本はそうとう高いレベルにある。

 しかし、残された時間は少ない。+αの部分でどんなブレークスルーを日本人が生み出せるか、あと10年が勝負だという。
 京都大学で皮膚から万能細胞を生み出した山中伸弥教授は、再生医療研究の開発競争において危機感をあらわにしている。それは生命科学分野において日本とアメリカでは予算が一桁二桁ではすまないくらい圧倒的に違うからだという。半導体研究をしてきたこの先生からみても、そうとうまずい状況だという。

 現在、アメリカで万能細胞において新たな発見をたたき出しているのは、みんなかつての山中先生と共同研究をしていた連中である。ちょっとメールが来なくなったなと思ったらもう自分の研究を応用して出し抜こうとしている。最先端分野というのは、恐ろしいほど激しく厳しい競争の世界だ。特にアメリカにいるアジア新興国の学生などは遠慮もへったくれもない。隙あらば、業績を横取りしようと手ぐすね引いている。

 そして日本。若い人というのは時代の風に敏感で、知って知らずか、半ば本能的に時代の風向きに沿って動く。例えば、組織より個人、国家より企業という時代の流れをみて、霞ヶ関のキャリア官僚を志望する東大生は激減している。理科系においてもコモデティ化していく基礎科学分野から若者は逃げ出している。だが、先生が言うには、最後にはこうした学問的な積み重ねから逃げていては決して大きな仕事はできない。そういう意味で、いま日本は岐路にある。

 例えば、環境科学という分野がある。この分野は学際的に幅広い知識を結集しないと解決に結びつかない複雑系だ。だがしかし情緒的なバイアスがかかっていることが多い分野で、これにはメディアの影響も大きい。逆に、メディア側にスピンアウトする人間も多い。このような分野は最も勉強が必要なのに、たいして知識の習得や経験も積まないままに進める人間(マスコミも)が多いことを先生は嘆いていた。

 膨大な知の集積を理解することが前提の現代の科学においては、その知識の山から逃げてはいけない。これから10年の間に、中国とインドの猛追を振り切るだけの成果を日本の科学が上げられるかどうか。それは今、20代30代の若手のがんばりにかかっているし、それだけの潜在能力は日本人にある。今こそ、若手の研究者を厳しく大事に育てていかなければいけない勝負所なのだそうだ。

 最後に。印象深かったのは、先生の「中国?インド?それがどうした。日本をなめるなよ」という言葉だ。その表情には腕白小僧のような目の輝きがあった。
 以上、久しぶりに感銘を受けた会話だったので、何となくこのブログに記しておく。

なかのひと

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