氷河期世代にもできること
私は、バブル後の就職氷河期世代のトップバッターで、もういいおっさんである。いま20代後半の氷河期世代諸君もあっという間におっさんになる。それはもう、驚くくらいあっという間だ。そして今現在の私もそうなのだが、近親者の死と誕生が、否応なく迫ってくる。愚痴っていたって、人生の列車は残酷なくらいに時間厳守で前へ進んでいく。
自分が抜き出した秋葉原の連続殺人犯の書き込みを時々読み返す。社会との関わりは今のところ不明だが、無差別殺人は繰り返されている。幸い身近にせっぱ詰まった人間はいないが、私はかつて親しくしていた大学の同級生を自殺で亡くしたことがある。何もできなかった、そして葬儀にさえ逃げて顔を出さなかったことを今も悔いている。
社会から疎外された若者たち。個人に責任を帰すべきケースもあるだろうが、社会構造がロストジェネレーションを生み出したのは間違いない。少なくとも上の世代は若い者を育て新しい日本を託すよりも、自分たちの目先の利益を望んだ。そして今、その矛盾を、途上国から移民を呼び込むことで帳尻あわせしようとしている。氷河期世代はこの状況を指をくわえて見ているだけでいいのだろうか。
もちろん移民はすでに日本社会に欠くべからざる存在になっているし、この潮流は避けられない。むしろ受け入れるべきだろう。だが移民が当たり前のように社会に居場所を見つけていくにつれ、ますます氷河期世代は社会から疎外されることになる。ポストロスジェネ世代も一時の就職活動が楽だっただけで、その後も安泰ではないという意味では、氷河期世代と同じ地平にいる。
とはいえ、簡単に白旗を上げるわけにはいかない。学歴が無くても、職歴が無くても、唯一若い世代にできることがある。
それは、日本人を産み育てることだ。NEETやフリーターにだってできる。日本語をしゃべり、文化を受け継ぐ者を育てることまで移民に肩代わりさせることはできない。その事実から上の世代は目を背けているが、本来このような重要な能力を有した世代の発言権が無いに等しいのはおかしい。いま地方は経済もコミュニティも崩壊している。一次産業も高齢化は限界に達していて20年もすれば、壊滅するだろう。
いま日本人の若者は、地方に住んで、一次産業に就き、3人以上の子供を育てて、地域で担うべき役割を負っていれば、それだけで年収500万円は保証されるべき存在だと私は思う。現実にそうならないものかと考えている。少なくとも地方に根を下ろす若者に投資をせず、地方債を出して公務員たちの退職金にあてるような犯罪的行為を許していては、国が滅ぶだろう。
ただ子供を産んで育てるだけでも、所得を保証してもいいんじゃないかと思う。パチンコに行っている間に我が子を車内に放置するようなどうしようもない馬鹿親もいるが、多くは母や父としての自覚が生まれれば、自然にまっとうに働こうという気にもなるのではないか。子供に対して恥ずかしい人生は送れないと思うものだ。そういう意味でも、まずは家族を作るだけで所得をある程度保証してもいいのではないかと思う。
社会に国家に、愚痴ったところで、どうにもならないことは骨身に染みている。こういう権利は若者自身が自らの手で勝ち取るしかない。おおざっぱに言えば、公的部門や、上の世代の高所得者などに偏在している富を、奪い取るということだ。民主党にそれが期待できないのだとしたら、現状の制度では民主党(または自民党)自体を変えるしかないのかもしれない。日本社会を本当の意味で守ることができるのは、日本人(在日朝鮮人も含む)というアイデンティティを持つ者だけだ。
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